クラシック音楽レビュー

ホロヴィッツとトスカニーニ チャイコフスキー ピアノ協奏曲第1番

もう100年近く前のお話。1928年 ロシアから亡命してきたキーウ出身の青年ピアニストがアメリカデビューを果たしました。指揮はイギリスの富豪指揮者 トマス・ビーチャムで、彼もアメリカデビューのコンサート。オーケストラはニューヨーク・フィル、曲はチャイコフスキーのピアノ協奏曲第1番。演奏は指揮者主導のもとゆったりとした風格のある演奏で進む。

ピアニストは聴衆の反応を肌で感じ「このままでは失敗に終わる。ここで失敗したら私には帰る国が無い・・・・」。第1楽章途中で彼は指揮者のテンポを無視し猛然とテンポアップし、演奏を自分主導に切り替えることを決断。指揮者は驚くも彼のテンポに何とかついていき演奏は終わる。聴衆は興奮の坩堝と化して伝説的な成功を収める。翌日新聞各紙も大絶賛し、彼の名はアメリカ中に知れ渡り、一晩で時の人に。
ホロヴィッツ 若いころ
晩年しか知らない人はご存じないでしょうが、若いころは超イケメン。

ご存じウラディーミル・ホロヴィッツ(1903-1989)。その後の名声はご存じの通り。強靭なタッチと繊細な音色、それでいてどこか病的で翳のある表現力が魅力。繊細な人間性ゆえに休養・カムバックを繰り返しながら、1980年代まで活躍しました。初来日は1983年。すでにテクニック・表現力は全盛期のものではなく、評論家 吉田秀和氏の「よい骨董品だが、少々ヒビが入っているよう」という言葉が有名です。

録音は数多く残しています。録音は落ちるものの、やはり戦中戦後のモノラル期の録音時が彼のベストフォームだったと私も思います。打鍵の強さだけでなく指のコントロールによる強弱のつけ方含め、彼の頭の中でなっている音楽がストレートに表出されていた。ただでさえ難曲のムソルグスキーの展覧会の絵、リストのハンガリー狂詩曲を、さらに技巧的にアレンジして弾く、しかも日によって若干変えて弾くなど即興性も高く、その日その時でないと聴くことができないという魅力を振りまいていました。ハンガリー狂詩曲15番を初めて聴いた時は唖然としました。


ホロヴィッツの奥様は、名指揮者 アルトゥール・トスカニーニの娘さんで1933年に結婚。その縁もあってか、複数共演も行っています。録音で残されているのは、ブラームスのピアノ協奏曲第2番と彼の名刺代わりの1曲であるチャイコフスキーのピアノ協奏曲第1番。後者は1941年のスタジオ録音、1943年のカーネギーホールでのライブ録音(戦争債権募集特別演奏会)が残されています。
ホロヴィッツ チャイコフスキー

チャイコフスキー
ピアノ協奏曲第1番 変ロ短調
ピアノ:ウラディミール・ホロヴィッツ
指揮:アルトゥール・トスカニーニ
NBC交響楽団
録音:1943年4月25日、カーネギーホール

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第1楽章から聴衆がすでにざわざわしています。威厳と緊張感のあるホルンの後、ホロヴィッツのピアノが始まるともうすでに主導権は彼のもの。早めのテンポであらゆる楽想を曲芸のように弾ききっていきます。彼の全盛期の良いところは、テクニックとフォルティシモ一辺倒ではなく、ふっと弱音に違和感なく移行、また弱音でも音色が薄くならずに明確に儚く聴きとれるところ。広いカーネギーホールの後方の席にも届くような真っすぐ伸びるようなピアニッシモ。その出し入れが絶妙であっという間にこの楽章は終わる。もうすでに聴衆は興奮状態で拍手が湧く。

聴衆が興奮で第1楽章で拍手が沸いたと言われますが、現代でも交響曲第6番「悲愴」の第3楽章が終わって拍手が沸いてしまうように、歌舞伎の掛け声的な恒例的な拍手だったかと思われます。ミーハーな聴衆も多かった時代ですし。ホロヴィッツは1953年に第1次ドロップアウトするまでは、この曲をよく弾いていましたが、1965年に復帰後はラフマニノフの第3番の方が多くなったような印象があります。


第2楽章。実はテンポが落ち着くこの楽章がやりたい放題にやっている印象。ホロヴィッツのピアノの音が明瞭かつ目が眩むような美しい音で録音されています。ところどころオーケストラとこの楽章が一番ずれている。ピアノはただただ美しい。オーケストラのソロをマスクする位にホロヴィッツのピアノのトリルが大きく録音されています。当時のホロヴィッツとトスカニーニの格で考えればトスカニーニが上でオーケストラの音主体で録音されそうなものが、明らかにこの録音はピアノをオンマイク気味にして録音しています。通常は聴こえないような裏になる音も全て聴こえます。

第3楽章は再び前のめりになりながら進みます。同じくこの曲を得意とするアルゲリッチの気性が悪かった時と比べても、このホロヴィッツの推進力は凄い。音符がまだ足りないと言わんばかりに指に余裕をもって弾ききっています。終曲近くのティンパニ一撃以後の追い込み・加速はもう千両役者のそれ。

ホロヴィッツの同曲演奏はライブ録音でかなり発掘されていて、ワルターやセルとの録音も聴くことができます。セルとの1953年 デビュー25周年ライブも同曲。この時のライブではセルとニューヨーク・フィルと言えども、ところどころホロヴィッツのスピードについていけていません。そのほかのライブもほぼ同様。が、さすがはトスカニーニとNBC交響楽団でそこでも乱れは最小限に抑えています。ここまであっているホロヴィッツの同曲演奏は無いと言えます。(義父に気を使って若干ホロヴィッツも抑えているのでしょうが)


オーケストラもところどころ若干弦のポルタメントが残っているのが聴こえます。トスカニーニもまだ音楽が硬直化する前、オーケストラもまだ結成されて間もない時期のため、トスカニーニの音に完成されていない時期というのがわかります。私はこのCD、ホロヴィッツのカーネギーホール ライブBOXで所有しています。1943年にも関わらずノイズも少なく、聴衆の肌感伝わる良い録音だと思います。ピアノ寄りで残響が少ないものの、トスカニーニが通常使用していた8Hスタジオよりもオーケストラの音もギスギス感無く捉えられています。
ホロヴィッツ カーネギー
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何より演奏始まると録音状態のことはすっかり忘れてしまう演奏です。似たような演奏はデジタル時代だとヴォロドスやラン・ラン、ユジャ・ワン(YOUTUBE)のものがあります。ただ印象がまるで違い、ただ単にスポーティーで競技的に聴こえてしまいます。その差は弱音の差だと思います。ホロヴィッツというと強烈な打鍵に耳が行きがちですが、実は本当の魅力は痩せて聴こえない繊細なピアニッシモとその弱音との対比があって強烈な打鍵・表情が生きている。そこを聴いて欲しい1枚です。

※当ページはシーサーブログ「クラシック 名曲・名盤求めて三千枚」からの引っ越しページです。徐々にこちらに軸足を変えていく予定です。 旧ページ:クラシック音楽 名曲・名盤CD求めて三千枚

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