極端にレパートリーが少なくて有名だったカルロス・クライバー。オペラ「ばらの騎士」は彼の18番であるにもかかわらず、R・シュトラウスの交響詩の正規録音はありません。1973年にはハンブルク・フィルと「死と変容」を演奏したものの、レパートリーには定着しませんでした。その後R・シュトラウスの交響詩に取り組んだのは1993年にウィーンpoで「英雄の生涯」を取り上げたのみ。1980年代以降は決まったレパートリーしか指揮していなかった状態の中だったため、この演奏会は「新しい曲をクライバーが振る!」と音楽の友が特集記事が組まれるほどセンセーショナルな出来事でした。しかし結局クライバーが「英雄の生涯」を振ったのは、この年の5月15日と16日の2回だけとなりました。(そもそもこの年以後の演奏会自体がもう数少ない)
この演奏会はFMでも放送されましたし、ソニーが正規録音し発売日まで決まってレコード芸術にて告知までされたものの、クライバーが最終的に発売許可せず現在に至ります。北欧ではCDが制作されショップまで配送された時点でのNGだったそうで、一部はフライングして販売されたとの噂もあります。結局現段階で入手可能なのは、MEMORIESレーベルからの海賊盤CDのみです。こちらも入手難になりつつあるようです。海賊盤ですがラジオ放送のデジタル録音と思われ、劣悪な海賊盤が出回っているクライバーのライブの中でも高音質です。演奏も素晴らしい。
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R・シュトラウス 交響詩「英雄の生涯」
ヴァイオリン:ライナー・キュッヒル
指揮:カルロス・クライバー
ウィーン・フィルハーモニー管弦楽団
1993年 ライブ録音
※2枚組で1988年ライブのブラームス 交響曲第2番とモーツァルトの「リンツ」。後年に残されたライブDVDとは違う演奏です。こちらも音質良好。
実はこの演奏会、例の如くキャンセルになりそうになった経緯があります。「英雄の業績」の部分をリハーサル中に、ハープが聴こえないとバランスを整えて演奏したところ第1ハーピストの練習不足が発覚し、ただでさえ新レパートリーでピリピリしているクライバーは当然激怒。「やめだやめ!」リハーサルは中止、翌日のリハーサルもクライバーは来ない。テレーズ事件再発でキャンセルか?と思われた次の日にミュンヘンpoのハーピスト ハンアン・リュを借り出しリハーサル続行、無事に演奏会にこぎつけたそうです。クライバーはミュンヘンpoを一度も振ったことが無いにもかかわらず「彼女が借りられなければ降りる」と指名だったとのことで、演奏会を聴きに行った際のクライバーの目利きも凄いものです。ウィーンpoが面子を潰されてもこの要求を呑んだことも驚きですが。
さてこの演奏について。「英雄の生涯」は如何にもクライバー好みの曲です。しかし颯爽と風を切って進む演奏かと思いきや、晩年の彼の「ばらの騎士」のような微に入り細に入りの演奏です。冒頭の「英雄」こそ軽快に始まりますが、「英雄の敵」からは非常に細かく楽器のバランスに細心の注意を払って隠れている旋律を絶妙に浮き立たせ、この曲に新鮮な光を与えています。
うるさくなりがちな「英雄の戦場」でもウィーンpoの良さを最大限生かして、音色と絶妙なダイナミクスで描いています。「英雄の業績」では、R・シュトラウスの過去の交響詩からの引用が散りばめられていますが、「クライバーがティルを振ったら?ドン・ファンを振ったら?」というのを垣間見せてくれているようで愉しい。こんなとこにも隠れていたかと思うような細かい譜読みと楽器バランス。そして中間部のハープの美しいこと。テンポが少し遅めになり綿々と歌いぬいていきます。ただ美しい・・しかし英雄の死は近づく。
「英雄の隠遁と完成」では表情が陰り、「ばらの騎士」の第3幕終幕の音楽に近い哀愁感が漂う。後半はかなりテンポを落とします。クライバーがこの演奏の発売にNGを出したのは、この部分でアンサンブルが乱れたからだと言われています。確かに少し冒頭部分の難所と終曲間際の部分でソロ・ヴァイオリンと伴奏が微妙にずれます。私たち凡人にとっては重箱の隅をつつくように聴かないとわからないくらいのものでも、完璧主義の彼には許せなかったのでしょう。最後のffの和音から今世に名残惜しそうなピアニッシモで終曲。パラパラと拍手が始まり、次第に膨れあがる拍手も演奏に相応しい。
「英雄の生涯」は、R・シュトラウスの自伝的な曲(といっても作曲時まだ前半生ですが)でもあり、カラヤンのように壮大に演奏し、オーケストラの力量を誇示するような演奏が多い。昔はオーディオ的には面白いが何度も聴こうとは思えない曲でした。
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しかしケンペ/シュターツカペレ・ドレスデンの録音、そしてこのクライバー、またC・クラウスの録音で聴くとなかなか良く出来て面白い曲だと再認識。C・クラウスの演奏は1952年の録音なので当然モノラルです。昔は物足りないなぁと思ったのですが、今聴くと何とも言えない風情のある演奏で何度も聴き返しました。意外と鳴らしっぷりよりもオーケストラの個性が無いとつまらないのかもしれません。
R・シュトラウス 交響詩「英雄の生涯」
ヴァイオリン:ウィリー・ボスコフスキー
指揮:クレメンス・クラウス
ウィーン・フィルハーモニー管弦楽団
1952年 スタジオ録音
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古き佳きウィーンの弦楽器の甘さと温もりのある木管楽器、決してうるさくはならない金管楽器、そして革張りのティンパニの音が心地いい。ボスコフスキーの少し訛りがかったヴァイオリンも魅力です。例えるならば、カラヤンの「英雄の生涯」がヒトラーなど独裁者の自信家の栄枯盛衰を描いているとするならば、クライバーはさしずめナポレオン的であり、クラウスはハプスブルク家のそれを描いているような感じでしょうか?それは後世の評価も含めて。
ヴァイオリンに目を向けると、ボスコフスキーの「英雄の生涯」は、ベームとの1963年ウィーン芸術週間のライブ演奏の映像が残っています。これは彼の流麗なボウイングも見れて非常に面白い演奏です。恐らくベームの言いなりにはなっていないでしょうが、涼しい顔で弾いています。名コンサートマスターでしたね、本当に。残念ながらこちらのDVDも入手難。
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クライバーの演奏会はソニーがかかわっていたならば、映像もありそうなものです。正規に発売されることは今後もないのでしょうか。是非頑張ってCD化にこぎつけて欲しい演奏です。

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※当ページはシーサーブログ「クラシック 名曲・名盤求めて三千枚」からの引っ越しページです。徐々にこちらに軸足を変えていく予定です。 旧ページ:クラシック音楽 名曲・名盤CD求めて三千枚
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