クラシック音楽レビュー

リパッティのブザンソン告別コンサート 1950年RTF音源によるCD

リパッティ ラストリサイタル

言わずもがなの名盤、33歳で夭折したディヌ・リパッティのブザンソンでの告別リサイタル。未だに根強いファンを持つピアニストの一人です。私もリパッティに一時虜になりました。彼のショパンのワルツ集、そしてこの告別コンサートは名演だと思います。しかし録音年代が古いこと、EMIの貧しい録音により徐々に棚から消えてしまいました。
リパッティ 装丁
「気高い」「気品がある」と評されるリパッティ。ただその貧しい録音からは彼のピアニズムを堪能するには物足りないもどかしさが残ります。名ホルン奏者 デニス・ブレインも同じ。私としても存在を忘れかけていた中、録音後約70年も経ってフランス放送局のマスターテープからリマスタリングされたCDが発売。写真のように丁寧な装丁にも魅かれ、珍しく予約までして入手したものです。

LIPATTI CD

「ブザンソン音楽祭における最後のコンサート」
● J.S.バッハ:パルティータ第1番変ロ長調 BWV.825
● モーツァルト:ピアノ・ソナタ第8番イ短調 K.310
● シューベルト:即興曲変ト長調 D.899-3
● シューベルト:即興曲変ホ長調 D.899-2
● ショパン:ワルツ集(13曲) ※2番が欠けています
ピアノ:ディヌ・リパッテイ
1950年9月16日 ライブ録音
マスタリング:INA – オリジナル・マスターテープ(RTF音源)より

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今までのEMI正規CD+ワーナー発売のCDに比べれば、かなりの音質向上だと感じました。高音はとくに伸びて聴きごたえがあります。今までの正規CDや比較的初期のLPでもこのようなリパッティの音は聴くことができませんでした。低音も締まって感銘に大きな差があります。今までのCDではリパッティの良さの半分も理解できていなかったと思う位。スタンウェイのような金属的に煌びやかでなく、品がよく古風で重層的な響きが感じられます。

舞台上にマイクが置いてあったようで、ピアノの椅子を動かす音なども拾っています。各曲の演奏前に指慣らしのアルペシオを弾いているのですが、その音がまた魅力的なこと・・・このCD音質にも驚いたのですが、CDを出してプレイヤーのトレイに入れようとしたときにまたびっくり。通常銀色の盤面が真っ黒なのです。レコードっぽい。
リパッティ 黒レーベル
但し、テープノイズは全く除去されていない。イヤホンで聴くとかなり耳につきます。高周波の変調ノイズで、電波状況の悪いFMを聴いているようだと言えばお分かりになるのではないでしょうか?ただそこをそのまま音をいじらなかったが故に、初めてリパッティの真の音を感じることができるようになったことは間違いないでしょう。このCDを聴いた後にartリマスタリングの正規盤をちょっと聴きましたが、ボワンとしてがっつりノイズカットした音に愕然としました。

とはいえ歴史的音源に慣れた人以外にはおいそれとはお薦めは出来ない音質です。でも1950年のライブ録音としては十分。放送用録音のマスターテープからリマスタリングと謳っていますが、ひょっとするとその放送を放送局自体がエアチェックした音源なのでは?とも考えてしまう。当時のテレビ放送のテレシネ方式みたいな感じで。また、シューベルトの即興曲変ト長調では欠落部分がありスタジオ録音であてがっています。それを補うかのように、コンサート開始から最後のワルツ後の拍手までノーカットなので、その場に居合わせた聴衆の臨場感、雰囲気がひしひしと伝わってきます。


このyoutubeのリマスタリングも良。

リパッティの演奏や音色の特徴は?と訊かれたら「気高い」以外の言葉があまり浮かばなかったですが、この録音で彼の演奏の特徴、あの独特の音色の理由がなんとなく理解でき説明できます。使用ピアノはベヒシュタイン。あまりペダルを使用していないことがこのCDでははっきりわかります。指遣いだけで響きをコントロールして、ごまかしの効かないピアノの音色を生み出しているのが特徴。今までのCDでもなんとなくそれは感じていましたが、ピアノなのにチェンバロを想起させるような響きをタッチとぺダリングで生み出しています。

その為、バッハの演奏が活きる。ショパンのワルツもサロン的に響かず、より一級品の芸術作品のように響く。モーツァルトのソナタ第2楽章、即興曲2曲ではリパッティの深く響かせる左手の打鍵が殊更印象にのこり深い感銘を与えてくれます。リパッティを知らないという方は勿論、リパッティ愛好家の方にもこれは聴くべきCDだと思います。正規EMI音源を揃える位ならば、このCD1枚の方が価値があると断言できます。


最後に。有名な話ですが最後のショパンのワルツは本当は14曲を演奏する予定だったものが、リパッティの体調不良(そもそも末期の悪性リンパ腫で医者にコンサートを中止するように言われる程体調不良でしたが)により1曲を演奏出来ずにステージを降りました。言い伝えでは少しの休息の後、バッハのコラールを演奏してコンサートを終えたそうです。(その録音はEMIにもこの放送録音にも残っていない)

ただ、最後のワルツ第1番の最後の和音がまだ鳴っている最中に、もう聴衆の拍手と歓声が始まっているのがちょっと不思議。鍵盤に指を置いているにしてもペダルを踏んでいるにしても、まだリパッティはピアノの椅子に座っているはず。病からくる身体の痛みや薬の副作用の辛さにも耐えきれず、意識も朦朧とし演奏を終えたことになっているのですが、それだとちょっと想像してみると不思議な印象がするのです。

演奏が素晴らしいので別にどうでもいいことですが。満身創痍の身体でよくこれだけの演奏が出来たと本当に彼の人間性に頭が下がります。夭折したことが本当に残念でなりません。驚くことにもう75年以上も前のドキュメント録音になるのですが、今後も多くの方に聴いていただきたいCDと演奏です。
入手しやすいEMI盤は下記より。
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リパッティ ワーナー

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