ロシアの名指揮者 エフゲニー・ムラヴィンスキー(1903-1988)の初来日は、幾度のキャンセルがありながら主兵レニングラード・フィルと1973年にようやく実現。その後1975、77,79年と2年おきに来日。1980年代も予定はありながらも、健康状態や政治的な理由などにより指揮者のみキャンセルとなりました。ムラヴィンスキーは大の飛行機嫌いで、シベリア鉄道を乗り継ぎ+船を使用しての来日だったため、体への負担も相当だったと思われます。

ムラヴィンスキーは1950年代・60年代こそグラモフォンやロシア・メロディアへ正規録音を残しましたが、当時のロシアの録音機器の状態が良くなく、メロディア音源は1965年のモスクワ音楽院ライブ位しかいい状態のものが無い。その後幸いにしてライブ録音が数多く発掘されたものの状況は同じ。1973年初来日時にNHKが映像と録音をしていたもの(ベートーヴェン第4、ショスタコーヴィッチ「革命」)が残っており、それが一番彼らの実力と本来の音色を伝えてくれるものとなりました。ロシアのオーケストラにありがちな壮大に鳴らし、金管楽器を思いっきり吹かせるというイメージとは異なる、厳格なリハーサルに基づいた異次元の解釈とアンサンブル、また統率力に唸らされます。
日本での正規の録音はそれだけ。それ以外に残されたものは指揮者のOKが出ず、舞台上に隠したマイクなどで録音されたものがほとんどで、バランスが良くなくあまりお薦めできない代物ばかりでした。その中で唯一凄いと思わされたのが、3回目の1977年の来日時の大阪でのライブ録音。ホールに常設されたマイクなのか、オーケストラに近くオンマイクの録音。指揮者の聴いていた音に近いと思われます。巨匠お得意のウェーバー「オベロン」序曲、シューベルト「未完成」とお気に入りのチャイコフスキー「くるみ割り人形」からの抜粋。

● ウェーバー:歌劇『オベロン』序曲
● シューベルト:交響曲第8番ロ短調『未完成』
● チャイコフスキー:『くるみ割り人形』抜粋
第6曲:客の退場、夜、ネズミの出現
第7曲:くるみ割り人形とネズミの戦闘、くるみ割りの勝利と王子への変身
第8曲:冬の森
第9曲:雪片のワルツ
第14曲:パ・ド・ドゥ
第15曲:終曲のワルツ
レニングラード・フィルハーモニー管弦楽団
指揮:エフゲニー・ムラヴィンスキー
録音:1977年10月8日 大阪フェスティバルホール
ステレオ(ライヴ)
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「オベロン」序曲から素晴らしい。アンサンブルがものすごい高い次元で揃っていて、統率されている。コンサート、またオペラの序奏の1曲という感じがしないほどの緊張感。オン気味で録音されマイクが打楽器と金管に近い場所にあるように感じますが、逆にムラヴィンスキーが無機質な音を出していなかったことを証明してくれます。
超弱音で始まる未完成、これがムラヴィンスキーの特徴ですが、これほど克明に記録した同曲異盤はありません。第1楽章のピアニッシモから音塊としてぶつかってくるフォルティシモまでレンジが広い。弦楽器は歌ってはいますが、寂寥感が漂う。通常ただ美しく演奏されるだけですが、そこに氷のような表情付けがされています。強奏部がロシア的な煩さではないので、逆に静かなフレーズが心にしみてきます。でもその美しさの中に厳粛な佇まいがあり。襟を正される気分になります。ムラヴィンスキー夫人のフルートの物憂げな響きも印象的です。楽章最後は本当にため息のような和音で締めくくります。
この交響曲でより美しいとされる第2楽章、ムラヴィンスキーの解釈も有名な部分です。第1主題から感情の込められていないヴァイオリンに寂寥感漂います。その上を、木管楽器が楽しそうに舞うようなソロをつけていきます。粛々と進行し、通常は身構えるフォルティシモの第2主題。某評論家が「ぞっとした」というように、幽玄なトーンのmpで奏されます。ただ今回の録音はマイクが近いために、ロールトーンがあまり感じられずmf位に聴こえるのが残念。ただどうオーケストラをコントロールしているかが明晰にわかる。
この映像がNHKで放送されたときの興奮と感動も忘れ難い。
深い霧から何かが立ち上ってくるように長いクレッシェンドの末、強烈な金管のフォルティシモに至ります。これがあるので、この後の第1主題再現部がより厳粛さが増して聴こえる。後印象に残るのは微妙にヴィブラートがかかった特徴的なホルン。徐々に天国への階段を上るような、明るい響きにはなっていきますがやはりピンとした緊張感が漂い、溜息も出ないほどの幽玄の美。
オン気味の録音に不満のレビューも見かけますが、これだけムラヴィンスキーがやろうとしていたことが明晰な録音は無いと思います。確かに第2楽章の第2主題のところはもう少しオフの録音であればより効果的に聞こえたかもしれませんが、逆に第1楽章頭の超弱音をマイクが捉えることはできなかったでしょう。大阪ライブは一応記録録音とは謳っていますが、しっかりした録音技師が録音したもので、十分観賞用として耐えられるどころか、ムラヴィンスキー・マジックの魔術を暴いた唯一の録音と言っても過言ではないでしょう。
ちなみに「未完成」、クライバーの演奏も捨てがたいものの、楽譜が見直されてからの演奏(デクレッシェンド指示がアクセントに変化してから)はこの曲の美しさを奪ってしまったような気がしてならない。古楽器演奏だと余計に角が立ち慣れない。未だにワルターなど旧版派です。
次のくるみ割り人形抜粋。組曲とせず抜粋としているのは、通常演奏される「くるみ割り人形」の組曲とはまったく違うため。ムラヴィンスキーは、全曲から終盤に近い曲を抜粋して演奏しています。彼の場合、常にこの抜粋版で演奏しています。組曲に含まれる楽曲は1曲もないためバレエ好きでない人には耳なじみがない曲ばかり。しかしムラヴィンスキーにかかれば単なるバレエ音楽が、どこか崇高な音楽、詩情豊かな優れた曲(特にパ・ド・ドゥと終曲のワルツ)に化けるといった選曲です。
昔。上記の映像の海賊版ビデオ(言い方悪い?)を、高校生の少ないバイト代をはたいて入手しました。今は市販されていますが、VHSだったので音質は悪かった・・で、映像が凄いものでロシアで放送されているテレビ画面を、正面からビデオカメラで撮影したものでした。昔でいうテレシネと言われる方式です。最初に、カメラをテレビの前にセットする人が横切りますから本当に笑えました。当時のロシアでは家庭にビデオレコーダーなんてものは無かったのでしょうが、凄い苦肉の策。演奏には感動し、是非いい音質でこの曲の演奏をと切望していました。
この手の音楽にも手を抜いておらず、決して気楽に聴ける演奏ではない。徹底的にリハーサルした形跡を感じ取ることができ、その統率力には頭が下がります。第7曲終盤の弦楽器と木管のテンポ・音量バランスなど。曲想によって管楽器・金管楽器をくすんだ音色で演奏させたりと、楽譜を徹底的に読み込み抉り抜いています。終局のワルツの陰影のつけ方からフィナーレの迫力までは特に凄いものです。上記映像で指揮姿を見た後に聴くとよりイメージが湧きやすい。
ただ、「未完成」ではよい方向に走ったオン気味で打楽器・管楽器よりの録音が、少しこちらの場合は耳につきます。シンバル・トライアングルが活躍し、ブラスも盛大になる曲なので時に弦楽器などをマスクしてしまう場合があります。パ・ド・ドゥのクライマックス部分など。それを差し引いても、映像で残っている演奏や記録録音として発売された東京ライブでの同曲のCDを遥かに凌駕しています。最後の和音が脳髄まで響きます。

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この映像は昔ドリームライフからDVDで発売されましたが、現在廃盤で中古でしか手に入りません。貴重な映像満載ですが、映像の質も当時としては悪く、音も全てモノラルです。熱心なムラヴィンスキー・ファン以外にはお薦めできません。
旧態依然のオールド様式全開の演奏。これを古いと思うのはちょっと違うと感じます。作曲された時代の響きも大事ではあるのかもしれませんが、演奏される時代を背景にした音・解釈というのも必要であると考えさせられます。
※当ページはシーサーブログ「クラシック 名曲・名盤求めて三千枚」からの引っ越しページです。徐々にこちらに軸足を変えていく予定です。 旧ページ:クラシック音楽 名曲・名盤CD求めて三千枚
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