昔NHK-BSで放送されたオペラ公演の映像で記憶から離れないものがあります。指揮者も作品も地味でそれほど話題にもならなかったと思いますが、チレアの歌劇「アドリアーナ・ルクヴルール」をイタリア・オペラ界の名匠ジャナンドレア・ガヴァッツェーニ(1909-1996)が指揮した公演です。

恐らく新演出でもないレパートリー公演の映像だったと思います。ただ何が印象に残ったかというと1幕が始まる前に指揮者が登場し拍手が慣例的に行われる部分。演奏前にも関わらず、すでに「ブラヴォー」の声と敬愛に満ちた拍手が指揮者に送られていたからです。ガヴァッツェーニの名前はステレオ初期の名盤「アンドレア・シェニエ」で知っている程度。それ以外の録音はほぼ残されていないに等しい。にも関わらず。
ムーティの前の世代となるガヴァッツェーニは、ミラノ・スカラ座の首席指揮者を50年近く務め上げています。セラフィンの後の世代のオペラ・ハウス叩き上げの指揮者でした。見た目は一見不愛想で強面ですが、カーテンコールでの姿は「カルロス・クライバーが上手に年齢を重ねていたらこんな顔になっていたのかな・・」と思うような素敵に年齢を重ねた笑顔です。

チレア 歌劇「アドリアーナ・ルクヴルール」全4幕
ミレッラ・フレーニ、ペテル・ドヴォルスキー
イーヴォ・ヴィンコ、フィオレンツァ・コッソット他
指揮:ジャナンドレア・ガヴァッツェーニ
ミラノ・スカラ座管弦楽団・合唱団
演出:ランベルト・プッジェッリ
AMAZON → ガヴァッツェーニ「アドリアーナ・ルクヴルール」
オペラの筋は実際に存在したフランスの伝説的な女優アドリアーナと、恋敵ブイヨン公妃との恋愛悲劇です。表題役には歌唱力だけでなくセリフ回しも上手でないと上手く演じきれない難しい作品。その表題役を、最盛期を少し過ぎ円熟期に入ったフレーニが女優さながらに見事に演じています。当時は3大テノールに次ぐと言われていたペーター・ドヴォルスキー、恋適役のブイヨン公妃を気迫・迫力に満ちたフィオレンツァ・コッソットが見事に支える名公演です。演出も安心して歌劇を味わえるスカラ座らしい豪華で品のある演出。
フレーニとコソットの演技合戦も凄いですが、そのすべてを束ねる指揮者ガヴァッツェーニの巧みな音楽運びがやはり素晴らしい。歌手の呼吸を最大限に生かし、語りの自然さを重視した音楽運びで、作品のメロドラマ的な情感が、過度にドラマ的にせず正統的なイタリアの語り口で流れる。ムーティ統治下のスカラ座のオーケストラは、この公演では厳格に統率され過ぎておらず、いつもよりもよく歌い、時にライブならではの劇場的な荒々しさをピットから醸し出す。フォルテで締めくくる幕末の響きは荒々しく、ムーティやクライバーの時よりも切れば血が出るような熱気が漲っています。
演奏前の聴衆からの尊敬のこもった拍手と声に対し、ガヴァッツェーニは軽くお辞儀をして演奏を始めます。右手一本でスッと始める指揮から生み出される音楽は、見た目と年齢とは違い活き活きとして含蓄のある響き。その後も場面場面に合わせ音色・テンポ・音の表情を巧みに変化させ本当に素晴らしい。歌手への指示も的確で見事にまとまっています。
フレーニのアリア後の拍手も入っていますが、流れを壊さないところですっと演奏を始めていくことができるのも経験の成せる技。スカラ座のオケらしいここぞという迫力と開放的なトランペットもいい。そして悲劇らしい幕切れのハープのアルペジオの素敵で美しいことこの上ない。映像監督は当時クラシック映像監督として評価の高かったブライアン・ラージ。劇場の雰囲気とストーリーをよく理解したカメラ割りでオペラを家で十分堪能できる。幕間とフィナーレ後のカーテンコール、幕前の雰囲気も結構長い尺使っていて歌劇場の雰囲気が伝わってきます。
幕が進むにつれて各幕前の指揮者へ送られる「ブラヴォー」と拍手が高まっていくのも伝わってきます。まるで全盛期のC・クライバーの公演のよう。一方、まだ手厳しかったスカラ座の天井桟敷の観客からは、カーテンコールでフレーニに「ブー」を出す声も少数ながらいるのがわかります。コッソットの方がこの日の評価は良かったみたいです。確かにちょっと自分の演技と歌唱に満足だったのか如何にも昔のプリマ然とした雰囲気はちょっと気になります。あと恋愛劇にしては残念ながら見た目が少し年齢を重ね過ぎているかなというのもあるのかも・・・
ちなみにガヴァッツェーニが亡くなった際には、ムーティがベートーヴェンの「英雄」第2楽章をスカラ座で追悼演奏したとのこと。トスカニーニが無くなった時以来の出来事だそうです。残念ながらメジャーなオペラ録音や管弦楽曲録音が少なくて残念。録音などに精を出すよりは劇場で指揮していた方が愉しいという昔気質な人だったのかもしれません。オペラ好きな人にも、そうでない人にも是非見ていただきたい名DVDだと思います。昨今の来日オペラ公演に高いお金を出す位なら、こういった昔の名演DVDのほうがオペラの楽しみや本来の観客としての目の厳しさを養えるかと思います。
旧ページ:クラシック音楽 名曲・名盤CD求めて三千枚
これはCTAサンプルです。
内容を編集するか削除してください。

