クラシック音楽レビュー

伝説のマタチッチとN響のブルックナー交響曲第8番 1984年

宇野氏の評論を昔から目を通している方ならば、必ずは目にまた耳にしているロヴロ・フォン・マタチッチ(1899-1985)の最後のNHK交響楽団への客演の際に演奏された、1984年のブルックナーのライブ録音と映像。当初DENONからCD化されましたが、籠った音質が不評で「あの日の真価を捉えられていない」と多くのファンから不評でした。日本に残したマタチッチ最大の遺産というか、未だに語り草になっている伝説的演奏。

時は過ぎDVD、XRCD、SACDとリマスタリングが繰り返され、音質は見事に一新。さらに評価が高まると思いきや、不思議と語られることが少なくなった演奏。この演奏が行われた後、朝比奈隆、ギュンター・ヴァントのCDが発売されて語られる目線が変わったということもあるのかもしれません。久しぶりに見るとやはり凄いなと思う反面、当時と違う感覚にも包まれます。

ブルックナー 交響曲第8番ハ短調(ノヴァーク版)
指揮:ロヴロ・フォン・マタチッチ
NHK交響楽団
1984年 NHKホールでのライブ録音

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DENONのCDは、お金の無い中学生時代に父親から誕生日プレゼントとして買ってもらいました。N響アワーでも見て聴いて、興奮していたので全曲をいい音質で聴きたい(当時はまだCDラジカセでしたが)という気持ちが高ぶっていた。買って聴いた時にはその音が悪いと言われていたCDでもかなり興奮したものです。まだ優れたブルックナーのCDが少なった時代ですからなおさら。

しかし、その後家のシステムもよくなり、朝比奈やヴァント、クナッパーツブッシュの演奏を聴くにつれ、手に取る回数は減ったというか棚にはあるが聴かないCDになりました。そこはやはりライブで1発かぎりの演奏だと思えば凄い演奏だけれど、当時のNHK交響楽団の音はまだ固くアンサンブルも甘く、音質も含め何回も聴くには辛いという印象が拭えなかったからです。そのN響からこんなに凄い音がでるのか!という驚きは今でも変わりません。

素晴らしいか素晴らしくないかと言ったら素晴らしい演奏ですが、素晴らしい記録と言ったほうが適切なのかもしれない。朝比奈、ヴァント、ハイティンクなどアンサンブルも録音もより優秀な名演奏、シューリヒトやクナッパーツブッシュの良質なリマスタリング復刻も進み、それらの名盤に比肩するかと言えばちょっと風合いが違う。


同時期にイタリアのオーケストラで演奏している。イタリアのオケとは思えない。

マタチッチの入場時から聴衆の拍手が暖かい。第1楽章からマタチッチとN響の集中力は高く、ぐっと耳を惹きつけます。金管の音は硬いがマタチッチは「もっとだ」と言わんばかりに左手を高々と挙げて震えさす。マタチッチの指揮ぶりは右手を細かくぶるぶると小さく拍を刻むもの。必ずしも明確ではなく、音を大きく広げるように鳴らしたいという時は両手を広げて細かな指揮はしない。細かなニュアンスは目と左手で指示。楽譜は目の前に置いてあるが閉じたまま。

基本的には中庸から少し遅めのテンポ設定でありながら、音符の歯切れがいいので早めに感じます。時折テンポと音色の変化がある。マタチッチ特有の豪放磊落なフォルティッシモ、急激にかかるアッチェレランドなどブルックナーに浸るというよりかは、団員ともども徐々にマタチッチの音楽に引きずり込まれ気づけば圧倒的なコーダ「ミレド」の和音。ブルックナーらしからぬと言われる時々かかるアッチェレランド。シューリヒトやジュリーニも行っています。映像観ながらだとこれは演奏効果を狙ったりするものではなく、滔々と流れる音楽をまた楽員の緊張感を途切れさせないために必要なものと理解できます。

第3楽章など当時のN響からこんな音が出るんだと驚くような重く深い響き。トゥッティもトランペットの音の固さが耳につきますが、これだけこのオーケストラを鳴らせる指揮者は当時いなかった。今の細かく振り分ける指揮者と違い、懐大きくしてオーケストラを響かせ受け止める感じで、この骨太な響きがブルックナーとワーグナーとの相性の良さに繋がっている。第4楽章は指揮者とオーケストラ、そして固唾を飲んで聴いている聴衆の緊張感との相乗効果でさらに感銘度が高まる。


DVDで見ると途中では止めれなくなる演奏に変わりはありません。最後の来日公演(この10か月後に逝去)でしたし、楽員もそう感じていた様子が伝わり目頭が熱くなってきます。ただその時にもう一度最初からとはならない。素晴らしい演奏だけれでも、久しぶりに見て1発勝負の演奏だからこそ感動できる記録なのだと。

この時にN響の演奏が良かった要因の一つに、数か月前にギュンター・ヴァントが同曲を振っていたため、譜読みと練習がしっかりできていたことも挙げられます。マタチッチと真逆の緻密な音塊を作り上げるヴァントによってみっちり仕上げられたばかりで、そのベースにマタチッチの解釈を付加していく形になったため、より音の鳴りが良かったとも言われています。

その後、NHK交響楽団は朝比奈隆、若杉弘などとも優れたブルックナー第8のCDを残しています。どちらもCDで聴くことができます。落ち着いて何度も聴くには若杉さんとの共演の方が好ましく、どっしりと腰の据わった重い響きを味わいたいときには朝比奈盤を手に取ります。

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一般的に考えれば、今となってはそちらの演奏の方がマタチッチ盤よりも優れていると思います。ただ当時の日本のオーケストラから豪快かつ繊細な音を引きだし、観客を魅了した名匠マタチッチを忘れないためにカタログには残り続けて欲しい名演です。

※当ページはシーサーブログ「クラシック 名曲・名盤求めて三千枚」からの引っ越しページです。徐々にこちらに軸足を変えていく予定です。
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