古楽器演奏の指揮者として有名なフランスの指揮者 マルク・ミンコフスキ(1962-)。もう還暦を超えられているのですね。東京交響楽団にも客演してブルックナー!を演奏している。古楽器指揮者はハイドン、モーツァルトで名を馳せベートーヴェンに移行、その後ロマン派作曲家にどんどんレパートリーを広めていく傾向があります。厳格なブリュッヘンはシューマン程度でとどめていました。
ミンコフスキは2010年前後に手兵レ・ミュジシャン・デュ・ルーヴルと録音を盛んに行ってました。ベルリオーズの「幻想交響曲」などもグラモフォンから出てました。評判は良かったものの、いまはすっかり忘れ去られています。2009年に初来日しハイドンの交響曲を披露。NHKでもその様子は放送され話題にもなりましたし、会場も拍手喝采。その後ウィーンでのライブ録音がCDとして発売され、同じく高評価で迎えられ、レコード芸術のアカデミー大賞を受賞しました。今聴くとどうでしょうか?

ハイドン:交響曲集 ロンドン・セット
交響曲第93番~第104番「ロンドン」
指揮:マルク・ミンコフスキ
レ・ミュジシャン・デュ・ルーヴル
録音:2009年6月 ウィーン・コンツェルトハウス
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ミンコフスキのハイドン交響曲録音(ロンドン・セット)は、大胆なテンポ設計・低声部の解像度・色彩感の強い管楽器配置によって、ハイドンの交響曲を「古典派の枠を超えた劇的音楽」として再提示した点が最大の魅力です。一方で、速すぎるテンポ運びやライブ録音ゆえの録音バランスの揺れが物足りなさとして指摘されることもありました。しかし、ほとんどの古楽器演奏は快速ですっ飛ばすことが多いので、今聴くとそこまで感じず、かえってゆっくりと構える部分の方が耳に残ります。
ミンコフスキは自身がファゴット奏者であることもあり、内声・低声部のラインを強調する独自のバランスが感じられる。ヴィオラがただの中間声部ではなく、旋律線として浮き上がる場面があしますし、埋もれがちなファゴットやチェロのユーモアも際立つ。そのためか
ハイドン特有の突然の暗転がより劇的に感じられます。
ロンドン・セットの都会的な明るさ・劇場性が強調される。軽やかで俊敏な弦楽器が、古典派のダンス性を鮮やかに描く。全体的にmp~fffまでの音量で進み、聴こえない音は無く古楽器オーケストラと思えないような音量を出すときもある。1980年以降のハイドン演奏は、音の角は鋭くなり基本的に速いテンポですっと駆け抜けていく。ワルター、クナッパーツブッシュのハイドン演奏が恋しい。
ミンコフスキのこの演奏は、鋭角的ではなく全体的に丸い。アーノンクール、ブリュッヘンのような刺激的で責め立てるところが無い。オールドスタイルの因習からの脱却を図りつつ、宮廷音楽の枠から飛び越えてより高尚な音楽としてハイドンを再評価させようというものが感じられない。とにかく愉しい。ライブ映像を見たときも感じた通り、奏者も愉しみ共感しながらハイドンを演奏している。
古楽器という体をとりながら、内実はオールドスタイル的な部分も持っている。そこが評価されたのではないかと思います。アカデミックではなく、「驚愕」の第2楽章のような遊び心もある。完成度は後半の交響曲の方が良く感じる。ライブ録音ゆえに、金管・打楽器が遠く感じられる場面があったり、弦楽器が前面に出すぎる楽章もあるものの、優秀でライブ会場で聴く感じに近い。程よく近接で会場の残響も感じられる。
ミンコフスキのハイドンは、HIPのハイドンを新しい耳で聴かせるという意味で極めて重要な録音です。原点回顧主義や古典派の均整美よりも、劇性・色彩・ユーモア・構造の躍動 を前面に出すアプローチは、他の古楽器指揮者にはない個性です。今のコンサートは受けのいいマーラー、ブルックナーばかりでハイドンの交響曲がモダン・オーケストラで演奏されることはほぼ無くなってしまいました。ハイドンの交響曲は編成が縮小しても拡大しても面白さが変わらない音楽なので残念です。
その後ミンコフスキはレパートリーを広げ、ウィーンやベルリンでも振っています。ボルドー国立歌劇場の指揮者を務めていた時期もありました。録音は少ない。ハイドンが良かったのでその後も少し追いかけた記憶はあります。ただすぐに売却することが多かった。楽員をまとめるのはうまいのでしょう。ただ私には楽員のベクトルがきれいに揃って楽譜も読み込まれたいい演奏ではあるものの、何か物足りなさを感じてしまう指揮者です。このハイドンを聴いた後、ブリュッヘンを聴きたくなってしまうのです。
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