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戦前のワルターとウィーンpoのマーラー 交響曲第9番ライブ

コンサートも録音も最近はマーラーの交響曲ばかり。「私の時代は来る」と生前語っていたマーラーは正しかった。現在の世界情勢、コンサートホール、録音方式の進化によってマーラーの交響曲は急速に市民権を得ました。一時はブルックナーと双璧でした。最近はマーラーの方が優勢に感じます。

私自身マーラーの良き聴き手とは言えない。ブルックナー派だと思います。ただマーラーの交響曲第5番と第9番だけは時折聴きたいと思いCDトレイに載せます。バーンスタイン、M・T・トーマス、小林研一郎。。かけ始めて間もなく古いワルターのCDに変えることが多い。ピアニッシモとフォルティシモの差が大きいこの曲。優秀な録音だと、冒頭にボリュームを合わせると中間部や第3楽章で耳に刺さる。古いSP録音だと当時の録音限界が故ダイナミックレンジの幅が少なく、ボリューム操作に煩わされることが無く、マーラーの旋律が良く聴こえる。そしてこの録音良い復刻で聴くと何より音が生々しい。1938年のライブ録音としては驚異的な録音ですし、戦前のウィーンpoの弦楽器特有の響きが加工無く感じられる貴重な音源です。

マーラー 交響曲第9番ニ短調
指揮:ブルーノ・ワルター
ウィーン・フィルハーモニー管弦楽団
1938年 ライブ録音

AMAZON → ワルター マーラー第9 1938年
※私はオーパス蔵の復刻が一番好みです

20世紀中盤からバーンスタインなどのようにゆっくりで厭世観たっぷりの演奏に慣らされた耳には、モノラルながら新鮮に聴こえるスッと流れる演奏。晩年のワルターとは違います。全体的に早いテンポで進み、そこに切迫感を感じてしまうのは時代背景が裏にあるからでしょうか。

この録音が特別なのは、
・録音のわずか数週間後、オーストリアはナチスに併合(1938年3月)される
・ワルターはユダヤ系であり、ウィーンを追われることになる
・ウィーン・フィルもユダヤ系団員が大量に追放され、戦前の黄金期が終わる
であり。また1930年代のヨーロッパでは、マーラーはまだ頻繁に演奏される作曲家ではなかったから。
なぜナチス・ドイツの影響を受けつつあったウィーンで、ユダヤ系作曲家のマーラーの、しかもSPの録音時間的に不向きで商業的にも厳しいと思われる第9番が録音されたのか?実際、《第9番》は初演(1912)後も再演が少なく、録音は経済的に不可能と見なされていました(HMVのプロデューサー、フレッド・ガイスバーグ談)


しかしガイスバーグは、次の理由で録音を強行。
・大編成ゆえにスタジオ録音は不可能(リハーサル回数・コストの問題)
・ワルターこそがマーラーの直接の継承者であり、今録らなければ永遠に機会が失われる可能性大
・ウィーン・フィルがこの作品を初演した歴史的正統性
こうして、1938年1月16日(日)午前、ムジークフェライン大ホールでのライブ録音が実現する。録音前には5回のリハーサルが行われ、マイク位置の調整が徹底されたことも記録に残っています。そのために当時としては生々しい音でコンサートの音が記録されることに。

そんな当時の背景へのワルターとオーケストラ双方の様々な葛藤が演奏に表れている。荒れ狂う心情を吐露しているような激しく斬り込むような演奏です。まだまだマーラーの交響曲に拒否反応を示していたと言われるウィーンpoの面々が必死にワルターの棒に応えています。しばしの別れを察知していたかのような暗くて深いトロンボーンの呻きと甘美な音色で奏でつつ時に切先鋭く切り込むヴァイオリンの音。第1楽章だけでも十分な聴きごたえがあります。音の悪さは途中で忘れてしまいます。ハープにマイクが近く天国的な響きが感じられ、ティンパニの強打も鮮明。壮絶な響きの中で木管楽器の哀切な訴え。

第2楽章の愛らしいく朴訥な木管楽器に分厚い弦楽器群がコントラストを描いて進みます。第3楽章はワルターが激情に駆らる。コーダのアッチェレランドは録音がさすがに物足りなく感じますが、バーンスタイン並みのアンサンブル崩壊寸前の激しい追い込みです。この後の第4楽章を聴くのが辛い。



第4楽章は20分かからず通り過ぎてしまいます。今の30分が当然のような演奏と真逆。しかしながら、それ程早いと感じさせず、マーラーの死への恐怖と演奏時にワルターの命への危機感が同期したような音。それをウィーンpoが昇華するように音にしています。鼻にかけたようなヴァイオリンの響きとポルタメントが、曲の重さを美しさへ転換してくれています。木管楽器に懐かしい音、しかし寂しさ・侘しさがここかしこに聴こえる。それにしても聴衆のノイズがそれほど聴こえないのは不思議です。固唾を飲んで耳を傾けていたのでしょうか。


ユダヤ系奏者もこの前後にウィーンpoからも去ることになり、オーケストラの音は明らかに変わっていきます。この演奏会の記録はワルター自身が破棄したいという程、嫌な思い出があったそうです。しかし皮肉なもので、後年のコロンビア交響楽団の演奏よりも評価が高いのはこちらの演奏。90年前の録音ですが、スピーカーの前で聴いているとそんな時間の経過を忘れてしまう。そして、戦争・悲劇は繰り返してはいけないという思い、そして大戦によって失われてしまったものの大きさを改めて感じます。

この録音は、初演者コンビの戦前最後の姿、政治的緊張が生んだ極限の集中+ライブ録音ならではの空気感、そして世界初の《第9番》録音かつ優秀な録音という歴史的価値がすべて重なった、録音史の奇跡です。マーラーがまだ周縁の作曲家だった時代に、これほどの演奏が残されたこと自体が奇跡だと思います。SP(78回転)録音は良い機器で再生されれば、現代の録音方式よりも演奏家の音をより正確に記録していたのかもしれないと思わせてくれます。

※当ページはシーサーブログ「クラシック 名曲・名盤求めて三千枚」からの引っ越しページです。徐々にこちらに軸足を変えていく予定です。
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