クラシック音楽レビュー

トスカニーニ 1939年録音のベートーヴェン「運命」

アルトゥーロ・トスカニーニのCDを聴く人は相当に少なくなったと思います。フルトヴェングラーと同時期に活躍したイタリアの名指揮者。フルトヴェングラーは誰も後継者を生み出さなかった一方、トスカニーニの流儀は出てくる音楽は違えどもカラヤン、ジュリーニ、ムーティに影響を残しました。アメリカのオーケストラの音、水準を決定づけたのもトスカニーニであることは間違いないでしょう。

全盛期はミラノ・スカラ座やニューヨーク・フィルの音楽監督を務めた1920-30年代と言われていますが、戦火を嫌いアメリカへ逃れNBC交響楽団と残した記録でもその音楽の苛烈さは感じ取ることができます。幸いにして戦争による破壊や経済的損失の少なかったアメリカで潤沢な資金に恵まれ、彼の晩年の演奏がラジオ、レコード通じて良い状態で多数残されました。その点はドイツに残り続けたフルトヴェングラーと趣が異なります。

ただ彼の直線的な音楽作りは当時としては画期的(アンサンブルの精度、演奏におけるロマン主義的なものの排除)なものでしたが、今では古楽器演奏などの方が圧倒的で、彼の流儀すらオールドスタイルになってしまい影が薄くなってきているのだと思います。逆にフルトヴェングラーの方がさらに息を吹き返してきている。但しそんな演奏をしようという演奏家はいません。そんな原点ともいうべきトスカニーニの演奏からNBC交響楽団結成直後のベートーヴェンを。

ベートーヴェン 交響曲第5番ハ短調「運命」
指揮:アルトゥーロ・トスカニーニ
NBC交響楽団
録音 1939年3月 ニューヨーク 8Hスタジオ

AMAZON → トスカニーニ ベートーヴェン 運命(1939)

NBC交響楽団の設立は1937年。ロジンスキなどによりオーケストラトレーニングを行い、12月にトスカニーニとお披露目コンサートを行いました。1939年はまだトスカニーニと組んで2年も経っていない。オーケストラの音はまた完全にはトスカニーニの音にはなっておらず、ヨーロッパの音色もまだ少し残っているところがこの演奏のミソです。某宇野氏も後年の録音よりこの1939年の録音を激賞してました。


基本的に後年の録音よりも鋭く、速く、緊張感が高く、音符の芯が太い。そして何より、結成されたばかりのNBC交響楽団の指揮者の制御を超える荒々しい筋肉質サウンドが、トスカニーニの苛烈な指揮と完全に噛み合っている。後年の演奏と違い微妙にテンポ変化もあるので、直線的な表現ではあるもののトスカニーニの演奏でよく指摘されるリズム的な硬直感が無い。Studio 8Hの乾いた残響が逆にプラスに働き、音の輪郭がナイフのように立ち上がる。これは後年の柔軟な録音では絶対に再現できない。ちなみに後年の録音はカーネギーホールで録音されている。

NBC響は1937年に結成されたばかりで、1939年はまだ若く、荒々しい、鍛え上げ途中のオケ。この時期のNBC響は、金管の強烈な輝き、弦の密度の高いボウイング、ヨーロッパオケの木管の個性的な色彩を持ち、そこにトスカニーニの軍隊的統率力が加わりつつあった。後年の録音ではオケが成熟し、音色はトスカニーニ仕様に洗練されていく。しかし1939年録音は、指揮者とオーケストラがまだせめぎあっていて、そのぶつかった荒波が鋼鉄の塊が突進してくるような音で鳴っている。



Studio 8Hはデッドで狭いと悪名高い。録音は1939年としては驚異的によく、ティンパニの轟きも明晰に捉えている。しかし限界もあって低音の厚みなどは少し物足りない。しかし最新のリマスターでは、驚くほど細部が浮かび上がり、音の鋭さがむしろ武器になっている。残響が少ないため、アタックが速くリズムが明瞭で推進力が倍増する。この録音は録音環境の欠点を長所に変換した感じに仕上がっている。それほどマスターテープも弄られなかったせいか、劣化も少ないように思われる。

項目   1939年録音   1952年録音
テンポ 速い・切れ味鋭い やや柔軟で安定
音色 若い・荒々しい・筋肉質 洗練され成熟
録音環境 Studio 8Hの乾いた音が逆に武器 音響改善で広がりあり
緊張感 戦前の空気を吸い込んだ極限の緊張 音楽的完成度が高い
推進力 鋼鉄のような直線的ドライブ 構築的でバランス良い
総評 最盛期のトスカニーニ 完成された後期トスカニーニ


1939年は第1回目のベートーヴェン・ツィクルスを演奏した時期で双方気合が入っていたとも思われます。その記録も残っています。ただライブ録音のため音質と精度が若干劣る。ただ全体的にトスカニーニが残した録音を聴くと、彼の音楽的志向と硬質的なオーケストラの響きはまだ当時の貧弱なラジオ放送録音には適した方向性だったことははっきりわかります。また演奏時間もリハーサルと本番では数秒しか違わないという点も含めて。CDとしては中々手に入れづらいこの1939年録音。今一度トスカニーニを見直すきっかえとなれば幸いです。

こんな全集を出す勇気はもう今のレコード業界にはないかもしれません。私の宝物のです。フルトヴェングラーのものは売ってしまいました。
AMAZON → トスカニーニ録音全集

※当ページはシーサーブログ「クラシック 名曲・名盤求めて三千枚」からの引っ越しページです。徐々にこちらに軸足を変えていく予定です。
旧ページ:クラシック音楽 名曲・名盤CD求めて三千枚



CTAサンプル

これはCTAサンプルです。
内容を編集するか削除してください。