3大ヴァイオリン協奏曲と言えばベートーヴェン・ブラームス・メンデルスゾーン。ブラームスは確かにと思うのですが、他の二つはより優れたものがある気もします。特にメンデルスゾーンはチャイコフスキーと入れ替わっても悪くない。特段甘美でも技巧的でないベートーヴェンのヴァイオリン協奏曲。優れた演奏で聴くとやはり何度聴いても飽きない、そして素晴らしい名曲だなと思わせてくれます。
古いと言われようが、やはりヘンリク・シェリングの一択。シェリングにはハイティンクとの再録音もありますが、私は2度目の旧録音派。何度聴いても驚くのは、こんなにいい録音だったかということと、イッセルシュテットの指揮の懐深さ。両者楽譜に誠実に真正面から取り組んだもので、ヴァイオリンとオーケストラが「有機的に」がっぷり四つに組み合っているという理由でこの録音を手にとります。そしてCDよりもアナログレコードで聴いた方が何故か身体に染みます。

ベートーヴェン ヴァイオリン協奏曲ニ長調
ヴァイオリン:ヘンリク・シェリング
指揮:ハンス・シュミット=イッセルシュテット
ロンドン交響楽団
1965年 録音
AMAZON → シェリング ベートーヴェン ヴァイオリン協奏曲
タワーレコードから独自でSACD化もされています。所持しているものの、私が愛聴しているのは1990年代に製造されたハノーファープレスのアナログレコード盤。デジタル再発では味わえない独特の質感と奥行きがあり、この名演の価値を改めて実感させてくれます。録音プロデューサーはフィリップス黎明期を支えたハロルド・ローレンスだそうで、重心低く演奏の全体の雰囲気をよく伝える録音です。
この録音の音作りは本当に今は無き「フィリップス的」で音の柔らかみがある。
・ソロヴァイオリンが過度に前に出ない
・オーケストラとの自然な距離感
・全体的な中低域の厚み
・ホールトーンを活かした立体感
シェリングのベートーヴェンは「美しい」というよりもまず「気高い」。この作品を演奏する多くのヴァイオリニストが、ロマン的な情熱や華やかさを前面に出すのに対し、シェリングは徹底して作品の構造を見据えている。音色は磨き上げられた大理石のように純粋で、ヴィブラートは節度があり、音程は驚異的なまでに正確。しかし冷たさはない。むしろ一音一音に深い精神性が宿っている。シェリングのストラディヴァリウスが奏でる高音は艶やかでありながら決して刺激的ではない。中低域には豊かな厚みがあり、何回聴いても飽きがこない。
第1楽章冒頭から彼の音楽はベートーヴェン特有の崇高さへと聴き手を導いてくれる。技巧を誇示するような演奏ではなく、作品そのものを語らせる演奏。どの演奏家もそれを理想としているものの非常に難しい。演奏家の存在が消え、ベートーヴェンの音楽だけが目の前を淀みなく漂う。テンポや強弱が恣意的でなく気持ちよく流れ、「んっ?」と思わせることが皆無。その姿勢には、20世紀中盤の演奏文化が持っていた「楽譜への敬意」が色濃く表れている。
この録音の成功はシェリングだけによるものではなく、ハンス・シュミット=イッセルシュテットの存在が非常に大きい。ウィーンpoによる最初のベートーヴェンの交響曲全集の指揮者、またバックハウスとベートーヴェンのピアノ協奏曲全集も制作しているドイツの名匠。彼の指揮はどの演奏でも決して前に出ない。ここでも常にシェリングを支えながら、ロンドン交響楽団から重厚かつ透明感のある響きを引き出している。
この協奏曲はソリストだけでは成立しない。オーケストラとの対話が重要ということを教えてくれます。特に第2楽章では、管楽器群とソロヴァイオリンのやり取りが実に美しく、宗教的な静けささえ感じさせる。何も知らずに聴くとドイツのオーケストラのような音の響きで、右チャンネルからチェロ・コントラバスのごりっとした感触が印象に残ります。イッセルシュテットは立体的に音を見事に整え、シェリングの歌を自然に浮かび上がらせている。まさに理想的な協演関係。
特に第1楽章。適度な硬さと重さを伴うティンパニの打音から始まり、25分を超える大規模な構成の中で、シェリングは一度も緊張感を失わない。壮大なオーケストラ序奏から独奏が入る瞬間。そこには華々しい登場ではなく、まるで必然であるかのような自然さが感じられます。そしてヨアヒムのカデンツァにおいても、超絶技巧を聴かせるというより、音楽的な流れの中に自然に組み込まれている。
近年は歴史的奏法による演奏や、個性的な解釈の録音も数多いベートーヴェンのヴァイオリン協奏曲。このシェリング盤を聴くと改めて感じる。それは「格調」という言葉の重み。作品への敬意、美しい音色、完璧な技術、品格ある表現。そのすべてが高いレベルで統一されている。だからこそ、この録音は半世紀以上を経た今でも色褪せないのだと思います。もし情熱的でドラマティックなベートーヴェンを求めるなら他にも選択肢はあります。しかし、ベートーヴェンがこの作品に込めた崇高な精神を味わいたいなら、この録音は間違いなく第一級の選択肢であり続けると思います。LPに針を落とすたびに、シェリングの凛とした音色とイッセルシュテットの格調高い伴奏が、ベートーヴェンの世界へ静かに誘ってくれる。
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