不思議と気になる名盤というものが誰にもあるものです。私にとってはショルティとシカゴ交響楽団のマーラーの交響曲第5番がそれにあたります。今となってはそこまで名盤とは言えないのかもしれません。不思議な縁でようやく手に取った録音です。
ショルティとシカゴ交響楽団。このコンビを語るとき、まず頭に浮かぶのは、強烈な推進力と、オーケストラの各セクションが限界まで鳴り切るような凄まじい音響です。ショルティは1969年にシカゴ交響楽団の音楽監督に就任。実際の録音活動のスタートを飾ったのが、1970年に録音されたマーラーの交響曲第5番。ショルティとシカゴ響による最初の録音であり、後に数多くの名盤を生み出すことになる、このコンビの出発点ともいえる録音です。
しかも録音場所はシカゴのメディナ・テンプル。デッカの優秀な録音技術によって収録されたこの演奏は、半世紀以上を経た現在聴いても、オーケストラの各楽器が非常にリアルに感じられます。
マーラー 交響曲第5番嬰ハ短調
指揮:サー・ゲオルグ・ショルティ
シカゴ交響楽団
1970年録音
AMAZON → ショルティ マーラー交響曲第5番
この演奏でまず耳を奪われるのが、シカゴ交響楽団のブラスです。シカゴ響の金管といえば、ショルティ時代を象徴するような存在です。とにかく音が太く、鋭く、そしてよく揃っている。マーラー第5番の冒頭、トランペットのファンファーレが鳴った瞬間から、このオーケストラがただものではないことがわかります。余裕があるので表現力も高い。
特に第1楽章から第2楽章にかけての金管の強烈な咆哮は、この曲の持つ暗さや緊張感を一気に表面へ押し出してきます。ところが単に大音量で鳴らしているわけではない。音の輪郭が非常に明瞭で、弦楽器や木管楽器の動きもその中からきちんと聴こえてきます。シカゴ響はもともと金管の強さで知られていましたが、ショルティはその能力を徹底的に引き出した指揮者だったのでしょう。シカゴ響自身も、ショルティの時代にマーラーの全交響曲がレパートリーとして定着していったことを紹介しています。
そして、この録音のもう一つの魅力は録音そのもののリアルさです。デッカの録音らしく分離がよく、オーケストラの各楽器がかなり近く感じられる。弦楽器の細かい動き、木管の音色、そして金管が一斉に吹き鳴らされたときの圧力が、かなり生々しく耳に入ってきます。最近の録音のように音場を人工的に整えた感じではなく、当時の録音現場でオーケストラが実際に鳴っていた、その瞬間をマイクで捉えたような感覚があります。
私はこういう録音が好きです。音がきれいというだけではなく、演奏している人間の存在まで感じられる録音です。
このショルティのマーラー第5番には、それがあります。私がショルティという指揮者を強く意識するようになったのは、1986年の来日公演でした。中学生時代にNHKで放送された演奏をテレビで観たのですが、そのときのショルティの指揮姿が印象に強く残っている。
特に印象に残っているのが、あの独特の肘を使った指揮です。大きく腕を振り回すというより、身体全体を使いながら、肘を鋭く動かしてオーケストラを押していく。テレビ画面を通して見ていても、その動きから音楽の推進力が伝わってくるようでした。決して美しい指揮姿とは言えませんが。
そしてその機能的で圧倒的な演奏そのものに加えマーラーの交響曲自体にも圧倒されました。「このコンビのレコードが欲しい」。ただ2枚組だしマーラー理解がまだ乏しい中学生にとっては手が出しにくい。そう思って以来、いつかショルティのシカゴ響によるマーラー第5番を手に入れたいと思っていました。ところが、鑑賞歴が長くなると欲しいと思いながらも、この録音なかなか入手する優先順位が上がらない。
バーンスタイン盤も聴きたい。MTトーマス盤も聴きたい。そうやって他のマーラーを先に買っているうちに、ショルティ盤は後回しになっていました。ところが先日、オークションでLPを安く箱買いしようと物色していた中に、このレコードが入っている。しかもアメリカ初版(中身は英DECCAプレス)。2,000程度で入手できました。そのほかに40枚程度のおまけがついてくる感じでこれはかなりお得。
アメリカ初版のCSA2228。長年探していたものが、意外なところから突然出てくる。レコードを集めていると、こういう瞬間があります。しかもクリーニングさえすればかなり綺麗な盤でした。40年近く前にテレビで観たショルティの姿を思い出しながら、このLPをターンテーブルに載せる。これはちょっと興奮しました。
もちろん、マーラー第5番の録音として考えれば、この演奏は世評的にも私にとっても絶対的なベスト盤というわけではありません。バーンスタインの濃厚なドラマ、他の指揮者による独特のマーラー解釈など、それぞれに魅力があります。しかし、このショルティ盤には、それとは別の価値があります。
1970年当時のショルティと、若きシカゴ交響楽団が持っていた凄まじい実力を、そのまま音として残している。特にブラスセクションの強烈な存在感は、この時代のシカゴ響ならではでしょう。ショルティの指揮も、後年の完成されたショルティとは少し違う。シカゴ響の音楽監督に就任したばかりで、これからこのオーケストラと長い歴史を作っていこうとしていた時期です。
だからこそ、演奏から若々しい勢いを感じます。録音そのものにも、当時の空気が残っています。最新のデジタル録音とは違い、1970年という時代の録音技術でありながら、音は驚くほど鮮明。特に大音量でオーケストラが一斉に鳴ったときの迫力は凄い。そして、この録音を聴いていると、ショルティがシカゴ響という巨大なオーケストラをこれから自分の音楽へと作り上げていく、その最初の段階を聴いているような気分になります。
ショルティとシカゴ響は、この後22年間にわたって音楽監督とオーケストラという関係を続けることになります。1971年にはヨーロッパへの初の海外ツアーも行い、世界的な名声をさらに高めていきました。そう考えると、この1970年のマーラー第5番は、単なる一枚の名盤ではありません。ショルティ=シカゴ響という黄金コンビの原点。そういう意味でも、非常に興味深い録音です。
第5番の最後、ロンド=フィナーレが猛烈な勢いで進んでいきます。ここではショルティの推進力とシカゴ響のアンサンブル能力が完全に一体化しています。金管が鳴り、弦が走り、木管がその隙間を縫うように入り込んでくる。そして最後の大きなクライマックス。ここまで聴いてくると、「ああ、これが1986年にテレビで観たショルティだった」と思えてくるのです。あの肘を鋭く動かし、オーケストラをぐいぐい前へ進ませていく指揮姿。その姿が、1970年のこの録音からも想像できます。
長い間欲しかったレコードをようやく手に入れたという喜びもありますが、それ以上に、若きショルティと当時のシカゴ響の音を今こうして聴けることが嬉しい。マーラー第5番の「決定盤」として一枚だけ挙げるなら、私は別の録音を選ぶかもしれません。
しかし、1970年という時代のシカゴ交響楽団がどれほど凄かったのかを知るための録音として、このショルティ盤は非常に魅力的です。そして何より、1986年にテレビの画面から私をショルティという指揮者へ引き込んだ、あの強烈な印象。その記憶と、今回ようやく手に入れたLPの音が40年近くの時間を越えてつながったような気がします。こういうレコードとの出会いがあるから、私はいまだにLPを探すのをやめられません。針音の中から自らの記憶が鮮明に蘇ってきます。
これはCTAサンプルです。
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