ドイツ指揮者の巨匠 オットー・クレンペラー(1885-1973)。晩年の演奏は、微動だにしない堅牢で重厚なテンポが特徴で、最晩年にはチェリビダッケですら普通に思えるような演奏(マーラーの交響曲第7番やモーツァルトの「フィガロの結婚」とか)を繰り広げることもありました。晩年はイギリス ロンドンで活躍し神のように崇められていました。EMIに捨てられたフィルハーモニア管弦楽団を見放さず、ニュー・フィルハーモニア管弦楽団を継続して指揮し続けたのはいい話です。
若かりしクレンペラーは、ドイツのクロル劇場で先鋭的なオペラ演出や現代オペラの初演など晩年とは違う活躍をしていました。演奏スタイルも即物的でまるで別人。彼が70代になった1950年代中盤からテンポはだんだん遅くなり、レパートリーもドイツ三大Bが中心になりました。若いころの写真見ると晩年とはかなり違った印象です。

躁鬱病持ち、脳腫瘍を患ったり、性格は破天荒で女性に目が無くスキャンダルも多数、寝たばこで火事を起こし大やけど、転んで複雑骨折し体の自由がきかなくなるなど常人ならばまともに生きていけないような状況を不屈の精神で乗り切り、人間臭さしかない人間が大器晩成で神のような存在になるというのはいい時代です。
ライブ録音も発掘され壮年期から晩年に至るまでの演奏のスタイルの変遷を聴くことができます。アムステルダムのライブ録音集やフィルハーモニア、ウィーンライブなどを聴くと、この指揮者の一番いい時期は1955~1965年あたりではないかと思います。はずれが無いと言われるステレオ録音のベートーヴェン交響曲全集はこの時期の録音。クライバーのCDが出るまで、ベートーヴェンの交響曲第7番の演奏といえば、モノラルのトスカニーニとフルトヴェングラーとステレオのクレンペラーというのが常識でした。今聴いてもやはり素晴らしい。
ベートーヴェン 交響曲第7番イ長調
指揮:オットー・クレンペラー
フィルハーモニア管弦楽団
録音:1960年 ステレオ録音
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彼の同曲演奏は、多くのライブ録音でも残されています。アムステルダムでのツィクルス、1960年のウィーンでのツィクルス、最晩年のライブ映像など、どの演奏も素晴らしい。スタジオ録音ではモノラルで1955年、ステレオ再録音で1968年があります。1968年録音は録音もそれほど良くなっていないし、何よりクレンペラーの指揮が遅すぎ少し生命力にも欠ける。録音も含めたベスト演奏は1960年の録音になるかと思います。
第1楽章からじっくりと腰を据えた演奏。ヴァイオリンのオクターブ上げ等当時主流の演奏慣例的な楽譜変更があります。遅いと生気に欠けそうなところがそうはならないのが、好調時におけるクレンペラーの演奏の特徴です。当時のEMIの録音は良く言えば臨場感に溢れ空間的でハイ上がり、悪く言えば焦点が甘く腰が据わらない低音不足気味な音。フィルハーモニア管弦楽団の当時の特徴は、音色がフラットで無国籍的、そしてクレンペラーの指揮に盲目的に従う。良くも悪くも奏者に感情があるのか無いのかわからないほどニュートラル。これがEMIの録音方式にフィットしている感じがします。
クレンペラーの演奏を、遅いテンポで雄大にだからと一括りにドイツ的な演奏と言うのは違うと思います。これ程楽譜を無色透明に俯瞰で見て、冷静に音化する。若いころとテンポは変わってますが、冷静沈着に見えるようで中身には火照った感情がまだくすぶっている。改めて聴くとこの曲を興奮もせず常に精神状態を一定にして演奏するというのは凄いことです。それはオーケストラも同じで、ただ音楽をする喜びだけは伝わってくるという一種変態的な演奏だと思います。アムステルダム・コンセルトヘボウのライブだとオーケストラが多少なりとも自己主張と感情を出してきています。
1955年の録音もいい。ただ変態的な神々しさは1960年の方が上。
第2楽章でも同じ。むせび泣くようなところは一切ない、けど浪花節で演奏するよりも生の状態で悲壮感が楽譜から炙り出されてくる。仰ぎ見るような第3楽章もハイ上がりな音色のため重くならず光彩陸離たる感じがしてきます。第4楽章は総決算でリストによる舞踏の聖化という言葉はどこへやら、踊るようなテンポは消え去り、ただただアレグロ・コン・ブリオが構造的に分解され再構築されて別の曲のように鳴り響く。管楽器から内声部の音も明確に分離して聴こえる。ただ部屋にはそれがしっかりミックスされて脳に届く。wikiには「熱狂的なフィナーレ」と書かれていて、興味を持ってクレンペラーのCD買ったら驚くことでしょう。
クレンペラーのEMI録音は録音の傾向もあるのか、年代が経ってリマスターされるとどんどん音が薄くなっているような気がします。それはフルトヴェングラーの録音も同様で、空間的な高音域の成分はテープの劣化に影響されやすいのではないかと推測します。とはいえオンマイクなDECCA録音もさすがにテープ劣化には勝てなくなってきているのか、最近のリマスターでは大きく音を弄らないといけなくなってきている感じがします。そのためオリジナルLPはもちろんのこと、1970年代に発売された輸入盤LPでも今のCDと大きく印象が変わります。それはフォーマットの問題ではなくオリジナルテープ劣化の状態によるものです。
この演奏を聴くと、クレンペラーもオーケストラもいい時期に自分に適した演奏家に出会い、相思相愛で演奏しているのが良く伝わってきます。そしてレコード会社も。とはいえオーケストラが戸惑っているのも当然あります。クライバー、また古楽器演奏登場以降、基本的にこの曲は早く演奏されてばかり。盛り上がることはこの上ないが、何か忘れ物はないですか?と思わせてくれる名盤だと思います。
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