20世紀を代表する作曲家ベンジャミン・ブリテンは優れた指揮者でもありました。自作の録音だけでなく、他の作曲家の演奏も行い、録音も多数残しています。作曲家として名を残したかった指揮者フルトヴェングラーにとっては、ブリテンの様な音楽生活が理想郷だったことでしょう。
ブリテンのモーツァルト演奏に関しては特に定評があり、まとまった録音があります。著名なものに交響曲集とピアニスト カーゾンとのピアノ協奏曲集があります。カーゾンの人気は今でも根強くピアノ協奏曲の方は常に入手し易い状況である一方、交響曲集に関しては復活しては消えが繰り返しの状態。最初に私が聴いたのはたまたま最近ブックオフで入手。買ってすぐ車で聴いて「こんなにいい演奏だったのか」と驚いた次第。

モーツァルト
交響曲第25番ト短調
交響曲第29番イ長調
交響曲第38番ニ長調「プラハ」
交響曲第40番ト短調
指揮:ベンジャミン・ブリテン
イギリス室内管弦楽団
1968年~71年のスタジオ録音
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ブリテンがモーツァルト交響曲を録音した会場は、自ら改修したホール、イギリスのオールドバラにあるスネイプ・モルティングス。旧麦芽工場を改装、長方形の会場の響きが内声を明晰にする効果があり、残響約2秒で弦のレガートと木管の発音が自然に溶けるという特徴があったようで、録音マイクの配置は構造の見通しを優先した近接+中距離の混合方式を採用。このホールは、ブリテンが求めた透明な構築美をそのまま音像化する空間でした。
録音エンジニアは、ブリテンの要求に応じて木管の発音をわずかに前に出し、弦のレガートを面として捉える配置を採用。結果として、全体的にモーツァルトのポリフォニーが驚くほど立体的に聴こえる録音です。弦楽器はヴィブラートを抑え目にし、柔らかいレガートで構造を支えるのが特徴。
どの曲も英国紳士的な非常に整って端正でありながら、重みも品もある演奏です。それでいながら第40番の第3楽章や「プラハ」の第1楽章の超スローテンポや古楽器演奏のようなアクセントなどスパイスもある。第25番は方向性は違うものの、ワルター以外でやっと満足できる演奏でした。早めのテンポで粛々と進めながら、物足りなさを感じさせない。
地面を低回するような第25番から一転、春を喜び弾むような第29番も胸を透くような快演。ここでは弦楽器の跳ね上がるような音型がスカッと冴えわたっています。第38番「プラハ」は超スローテンポの序奏で始まり、主部に入っても地に足を付けたテンポと両翼配置のヴァイオリンなどで内声部もしっかりと聴かせる。楽器そのものの音色感を活かしながら、聴かせどころでアクセントを強めに打ちだすことで単調になることを避けている。
イギリス室内管弦楽団の音は全体的に明るめですが、DECCAの見渡しがよく低弦の量感を捉えた音作りなので決して軽くならない。同時期にバレンボイムとモーツァルトのピアノ協奏曲全集をEMIで録音していますが、とても同じ楽団だとは思えない。木管の音色感は共通するところがありますが、弦楽器の濡れた質感などはこちらの方が圧倒的に勝ります。
好き嫌いが別れるかもしれない第40番第3楽章。
40番もワルター/ウィーンpoのような甘美な部分はないものの、モーツァルト晩年の哀感を漂わせた名演。ブリテンも1974年に亡くなるので、ブリテン晩年の録音になります。「モーツァルトを上手に弾けるのは、子供か老人」。モーツァルトの曲は音符が少ないので、無垢で純粋か達観の境地かというスタンスでその音符の隙間を埋めるという意味だと私は思っているのですが、その言葉が良く似合う。一つ一つの音を残り惜しそうに愛でるように奏でられる響きには、襟を正される思いです。
この交響曲集の難点は、すべての繰り返しを行っていること。今となっては当たり前ですが少しくどい。繰り返しを行う位なら、35番や39番、そして41番「ジュピター」の正規録音をしてほしかった(39盤とジュピターはライブ録音が有)。エンジニアは全て往年のDECCAを支えたケネス・ウィルキンソン。下手な古楽器演奏よりも明らかに演奏・録音ともに品が良く、モーツァルトの戯れる姿が目に浮かぶ名演・名録音です。
※同じコンビのセレナード第6番「セレナータ・ノットゥルナ」も絶品。「青少年のための管弦楽入門」などの自作自演はいわずもがな。
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